虫のような矮小な心臓

仕事をしているとふと心が苦しくなる時がある。

高校生からバイトなどで働くようになって14年。この胸の苦しみは、働いている人間なら誰でも持っているものだと思っていた。

ある待ち帰り専門のお好み焼き屋で働いていた時の話。

そこは駅そばの繁盛店で、叱るではなく怒鳴るタイプの店長が店を取り仕切っていた。

 

このお店は割引セールをしていて、同じ商品でも毎日値段が違い一つ一つ手入力するタイプのレジだった。

ある時レジ打ちをしていると、隣から怒声が聞こえた。

「お前、なんで今そんな操作したんや!値段違うやろ」

どうやら、自分が値段を間違えて操作してしまっていたらしい。

しきりに「なぜやった。答えろ!」と怒鳴る店長。

僕は声を出すことも出来ずその場に立ち尽くしてしまった。

 

僕は店長の隣で作業するときは常に店長の事を意識し、何か気に障ることをしないだろうか。そのことばかりを意識しながら仕事をする。

もちろん、満足に自分の仕事ができるわけもなく、当たり前のようにミスをする。

募る不満に、溜まる恐れ。

もう最終的には自分が何をやっているのか、もう考えることができずただただ怯えるだけだった。

そしてそんな経験から自分はダメなやつなんだ。と、自ら烙印を押していく。

 

自分に自信がない人間は、上記のように、

自分はダメなヤツなんだ烙印を自ら押していく。

他者にどれだけ、その烙印を押されても、自ら押さなければ効果を発揮しない烙印だ。

 

自分がダメなやつなんだという烙印を押し捲っている僕は今年で30歳になる。

ただそんな僕でも、何をやってもうまくいかないダメな人間だ。という事にはならず、

なんかそれなりにうまくいくことがある。

 

簡単な言葉で言うと、向き不向きだ。

ダメなやつという烙印を自分に押す前に、その場から退場する。

そして次の場所で、挑戦してみる。

ダメなら次、ダメなら次。

用は環境、用は場所。そして人。

 

自分で自分の価値を低くしている。

そしてそれは、他者や場所との折り合いがつかないだけで、

勝手にダメだと判断している。

人には適切な居場所がある。

 

平等を叩き込む日本の教育が合わないだけなのだ。

自分が間違っているんじゃない。合わないだけだ。

そう心に言い聞かせている。し、実際そうだと思うのだ。